【動画】実況界の殿堂入り!日本サッカーの進化を紡いできた山本浩アナの名実況がカッコいい

 
Jリーグが発足してから20年。
 
サッカーというスポーツが日本でもかなりの人気を誇るようになりました。
 
日本中のサッカーファンが待ち焦がれた1993年のJリーグ開幕。 
 
手をかけたW杯への切符がすり抜けた同年の「ドーハの悲劇」
 
28年ぶりに世界への扉を開いた1996年のアトランタ五輪
 
夢の舞台への扉を初めてこじ開けた1997年の「ジョホールバルの歓喜」
 
そして初の世界のひのき舞台に立った1998年のフランスW杯
 
日本サッカー界の歴史の1ページに刻まれる大きな出来事を
 
一番近くで見守り、それを国民に伝えてきた人物がいます。
 
“サッカー実況のカリスマ”と呼ばれた元NHKアナウンサー、山本浩さん。
 
サッカーファンの心に残る彼の名実況をご紹介します。
 
 
山本浩
 
 

 
 

Jリーグ開幕

 
 

山本アナの実況を世に知らしめたのは、1993年のJリーグ開幕。
 
開幕戦のヴェルディ川崎 vs 横浜マリノスの一戦で実況を務めた山本アナは
 
日本サッカー世界への挑戦の幕開けとなるこの試合でこんな言葉を残します。
 


「声は大地から湧き上っています
 
新しい時代の到来を求める声です
 
総ての人を魅了する夢、Jリーグ。
 
夢を紡ぐ男たちは揃いました。
 
今、そこに、開幕の足音が聞こえます。
 
1993年5月15日。ヴェルディ川崎対横浜マリノス。
 
宿命の対決で幕は上がりました。」

 

山本アナ実況1
 

「ドーハの悲劇」

 
 
ちょうど20年前のあの日。
 
山本アナは、サッカー日本代表史上で最も多く語り継がれてきたであろう
 
1993年のアメリカW杯アジア最終予選のあの悲劇の場面にも立ち会いました。
 
キックオフ前、彼の言葉でテレビの前の視聴者は、
 
間もなく歴史が塗り替えられるんだと、その瞬間を目に焼き付けようと、
 
きっとそう思ったことでしょう。
 
 


「光が差し込んでいます。
 
これまで開いたことのない
ワールドカップへ通じる道の重い扉から
幾筋もの光が差し込んでくるように感じられます。

 
1954年昭和29年、第5回スイス大会予選に
初めてワールドカップの門をたたいて以来およそ40年。
 
日本はイラクとの試合で
ワールドカップ本大会への扉を開け放とうとしています。
 
これから始まる90分間で、
40年の歴史を変えようとしているんです」


 
 

 

 
日本は前半5分に長谷川のシュートのこぼれ球に反応したカズが決め先制。
 
そのまま1点リードで前半を終了します。
 
この時点で勝てばW杯出場が決まるサウジアラビアも大量リード、
 
そして3位の韓国も北朝鮮を圧倒し、勝利をほぼ確実にしていました。
 
首位の日本は勝たねば上位2か国のW杯への出場権を得られない状況でした。
 
 
しかし後半に入るとイラクにペースを握られると防戦一方の展開に。
 
そして後半9分にゴールを許し、1-1の同点とされてしまいます。
 
このままではW杯への道が閉ざされてしまう日本は反撃に出ます。
 
すると後半24分、ラモスからのパスを受けた中山が勝ち越し弾を決め、
 
このままいけば悲願のW杯出場が決まるというところに来ます。
 
怒涛の攻撃に出るイラクに対し、体を投げ出し得点を許さず、
 
ギリギリの攻防の中で死力を尽くして守る日本。
 
しかし、時計の針が45分を指そうかという時、CKを与えてしまいます。
 
「守り切れば勝ち」
 
選手もサポーターもテレビの前の視聴者もこの言葉が脳裏をよぎります。
 
しかし――――
 
ショートコーナーからのクロスに合わせたオムラム・サルランのヘディングは
 
放物線を描きながらGK松永の頭上を越えネットに吸い込まれ、イラクに2点目。
 
 


「さあ、日本、急ぎたい。日本急ぎたい。日本急ぎたい。
 
日本同点に追いつかれた。奇跡の逆転を狙う。」


 

しかし直後に無情のホイッスル。
 
終了間際の同点弾で、すぐそこまで近づいたW杯出場が遠のいていきました。
 
 
 
天国から地獄へ突き落された選手たち。サポーター。
 
それは実況の山本アナも同じだったことでしょう。
 
皆が絶望に打ちひしがれる中、山本アナは口を開きます。
 


「日本引き分けてしまいました。2対2。
 
アメリカへの道、重い扉ついに、
引き分けというかたちで終わってしまいました、日本。」
 
「どうでしょうか、本当にあと、
もうひとかきでアメリカ大陸に手が届くところまで行って…
 
「懸命に闘いましたが、日本、
結局、最後の最後、同点に追いつかれて2対2。
 
ついにラモスも……


 
 
最後は感極まったのか、次の言葉が続きませんでした。
 
 

 

ドーハの悲劇 ラモス
 
 

実況スタイルの確立とアトランタ五輪

 
 
日本サッカー史上最もW杯に近づき、
 
そして最もW杯が遠く感じられたあの試合を見届けた山本アナ。
 
そんな彼は、1996年、日本サッカーの「新たな歴史」を目の当たりにします。
 
そして彼の実況スタイルが確立されたのはこのアトランタ五輪だったと言います。
 
 
山本アナ実況2
 
 
「資料は現場に落ちている」という新たな視点に立った山本氏は、
 
1996年アトランタ五輪予選準決勝、日本vsサウジアラビア戦で
 
名実況でサッカーファンの心を震わせました。
 
2点リードしながらも猛攻を受け、必死に走る選手たち。
 
28年ぶりの五輪出場という大きな舞台への切符は決して離さない、
 
そんな気持ちが伝わってくる激戦でした。
 
日本はキャプテン前園が声を掛け、GK川口がスーパーセーブを連発し、
 
2-1という接戦をものにします。
 
そして試合終了のホイッスルが鳴った後、山本アナが素直な感情をぶつけます。
 


 


「サッカーを始めた子供が大人になってまた子供を産んで
28年はそれだけ長い年月でした

「日本中のテレビを見て下さっている方々と
一人ずつ握手をして回りたい気分ですね


 
 
 
 
山本アナは、自身の実況スタイルの確立を確実に感じながら、
 
日本サッカー界の歴史的な瞬間に立ち会ったのです。

 

悲願のW杯出場決定「ジョホールバルの歓喜」

 
 
そして1997年11月16日。
 
FIFAワールドカップ1998フランス大会のアジア第3代表決定戦。
 
岡田武史監督率いる日本代表はイランとの決戦に挑みます。
 
そしてこの日、山本アナは、
 
日本サッカーの新たな1ページを目の当たりにします。
 


「スコールに洗われたジョホールバルのピッチの上に、
フランスへの扉を開ける一本の鍵­が隠されています。
 
ラルキンスタジアムのこの芝の上で、
日本代表は、その鍵を必ず見つけてくれる­はずです­」


 
 

 
 
実況のカリスマも言葉を失うほどの激戦。
 
人生を賭けてがむしゃらに闘う代表戦士たちの姿を見て、
 
山本アナの口からはこんな名ゼリフが生まれました。
 
 

「このピッチの上、円陣を組んで、
今、散った日本代表は、
私たちにとっては『彼ら』ではありません。­
 
これは、私たちそのもの­です。」


 
 

 
 
そして延長戦の末、交代で入った岡野雅行のゴールで夢の切符を手にした日本。
 
のちに「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれることになる大きな一戦でした。 
 
 
OKANO
 
 

夢の舞台、1998年フランスW杯

 
 
W杯出場の挑戦を始めてから44年の1998年、
 
ついに日本サッカーが世界への扉を開きました。
 
その舞台はフランス。初戦は強豪、アルゼンチン戦。
 
日本サッカー界の長年の夢であった世界での初舞台を、
 
山本アナは自らの独特の言い回しでこう言い表しました。
 


声は届いています。­
 
はるか東の方から、何百万、何千万もの思いが、
大きな塊になって聞こえてくるようです。
 
遠かった道のりでした。
本当に遠かった道のりでした。­

 
日本の、世界の舞台に初めて登場するその相手はアルゼンチン。
 
世界が注目するカードです。­


 
 
バティストゥータやオルテガと言った世界的名手たちを前に健闘したものの、
 
日本代表は最少得点差での敗北を喫し、ほろ苦いW杯デビューとなります。
 
 

 
 
しかし、この第一歩があったからこそ、
 
今やW杯常連国となった日本サッカーへと発展していったのでしょう。
 

名実況と歩んだ日本サッカー

 
 
このように、日本サッカーの進化の歴史は、
 
山本浩アナの実況と共に歩んできたと言っても過言ではありません。
 
現在はアナウンサー職を離れ、大学で講師をしている山本さん。
 
またあの心が震えるような感動的な実況を耳にしたいものです!
 
 

 
 



 
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